ダークナイト

もうこれはコミック原作ではない! コミックのうま味を拭い去ってバットマンのイヤーワンを描いた前作『バットマン ビギンズ』によりコミックファンの反感を買ったクリストファー・ノーラン、ここで万人に目配せの効いた続編をつくるのかと思いきや、よりダークにより深く前作のタッチを掘り下げた。

もうこれはコミック原作でない、グラフィック・ノベルだ。たしかにノーランには色々反省してもらいたい点が色々あって、まあその最たるはコミックファンの心情を逆なでするリアルタッチにあるのだが、やはりノーランでなければ達成できない独自性があり、今回の『ダークナイト』はノーラン自らが構築したバットマンの世界観を完成させた大傑作だ。

バットマンは早々に「虫が〜虫が〜!」のキチガイ(前作の、例のあの人。サプライズゲストのように登場するが、本作はこういうサプライズがやたらに多い。だからネタバレとなりそうな地雷ばっかりでとっても粗筋を説明し難い)を片付けると、次の獲物に当たりをつける。最近、道化の格好をした男がゴッサムの街を荒らしているらしい。決まった組織に属さず、また同業の犯罪者からも忌み嫌われているその男の名はジョーカーという。噂によるとそのジョーカーが珍しくマフィアと結託して、ゴッサムの要人を暗殺するらしい。

バットマンは、街に浸食しつつある犯罪の複合化を阻止するべく、ゴードン警部補が取り持つ中、正義に燃える検事ハービー・デントとの間で誓いを立てる。自分は影で悪を潰す、だからお前はスポットライトの当たるところで悪を潰せ。希望に満ちあふれる3人。そんな最中、ゴッサムの街に吹き荒れるテロの嵐。おびただしい犠牲者。テロを指揮しているのは道化の男ジョーカーだ。通常の方法では対処できない相手に、3人は策を練り超法規的な方法でジョーカーの動きを封じ込める作戦を実行、甚大な被害を出しながらもジョーカーを捕らえるのであった。

アメリカの主要新聞の論評によると『ダークナイト』を911以降のアメリカに重ねる意見が多い。

バットマン側がとる処置は、秩序回復を旗印に一々ルールをぶち破っている。よその国に勝手に上がり込んで犯罪者を拉致し、街中の車や建物を破壊し、そのくせいい仕事したと独善的に満足している。先の戦争も何かの効果があったのかもしれないが、果たしてそれが多くの人を幸せにしたのだろうか。今のイラクの状況を見て正義を為しえたといえるのだろうか。短期的には犯罪者を罰して清々するだろうが、無茶苦茶で強引なスタイルで対処した結果、歪みが見えている。

こうした行き過ぎた秩序回復活動に対して、ジョーカーは真っ向から嘲笑する。ジョーカーは被害者が世を恨んで犯罪者になったというビィランではない。その全貌はまるで亡霊だ。縛につないだジョーカーを調べて警察関係者はどよめく。この男には何もないからだ。DNAも前歴もなく、背景となりそうなものがまるでない。信念もない。そして面白半分に人を殺す精神異常者だ。鉛筆を立てて「さあ、みなさん、これからこの鉛筆を消してみせましょう!」とおどけて隣にいる人の顔に鉛筆をめり込ませる。信念がなく狂人という面ではスケアクロウと同じかもしれないが、これまでの相手と違ってジョーカーには恐怖心がない。心にブレがない。その発言は秩序を信奉するバットマンを激しく揺さぶる。「アンタがオレを生んだようなものだ。だから似たもの同士ってことになるがやっぱり違う。オレにはルールがねえが、アンタは自分の決めたルールでオレを殺せねえ。」

バットマンはこの怪物的存在を前にして迷いが生じる。街の秩序を守ろうとする自分の行動は果たして正しいのか。その最中、ジョーカーが信じられない方法で拘置所から脱出し、同時にバットマンの仲間を傷つける。怒りに身を任せバットマンは再びジョーカーと対峙するのだが、ここでジョーカーより決定的な事実を告げられ、バットマンは絶望する。

そう、今回バットマンは最終的には敗北しまうのだ。今まで培ってきたものが崩れ、精神的より所を奪われ、目的を失いそうになる。しかし、バットマンはこれを意固地に無視して敗北を認めず、改めて自分の存在が名誉もなく栄光もない『ダークナイト』であることを宣言する。今回は徹底して2元論詰めで進行しており、明と暗、善と悪、秩序と無秩序を象徴的に描いているが、コインのように表裏一体のその境目はあまりに薄く、ぜい弱であることも喝破している。バットマンは、そのはかなさを身をもって思い知りながらも、もはや知らないふりをすることでしかアイデンティティを保てない。こんなビジランティズム(自警主義)の危うさを綴った、クリストファー・ノーランとジョナサン・ノーラン兄弟の脚本は、コミックの設定や台詞を最低限なぞりながら、非常に独創的で魅力的なアプローチとなっている。恐らく今までのバットマン映画の最高のストリーテリングだろう。

しかし、このあまりに完成度が高い映画でも欠点が2点ある。ひとつはアーロン・エッカート。たしかに、神懸かりのヒース・レジャーや余念のない役作りに励んだクリスチャン・ベールを向こうにまわし対等に存在感を誇示できていて、特に後半のパートでは完全に彼の主演となるほどビシッとハマっている。トゥーフェイス役はエッカートにうってつけだ。しかし、ハービー・デント役としては、エッカートはあまりに世故に長けすぎる。多分今回の場合、ハービー・デントがいかに高潔な人物であるか強調しなければならないので、制作費が2倍に高騰しようともキアヌ・リーヴスみたいな人にやらせれば良かったかもしれない。

そしてもう1つが、やっぱりコミック的見せ場が薄いところだ。バットマンネタでは『ダークナイト・リターンズ』や『キリング・ジョーク』は作品思想の深さでアメコミを大人なものにしていたが、それはコミック屋さんの提言だ。今回の『ダークナイト』は本当にコミックを読まない人の提言なので、コアなアメコミファンの心をどれだけ捕らえるかは不明だ。しかしもうこの映画はアメリカだけで4億ドル以上の興業収益を得ている。ひょっとしたら『タイタニック』の記録をひっくり返すかもしれない。もうコミックじゃないとか拒絶しても『ダークナイト』には抗い難い魅力があるのは確かだ。

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この投稿は 2008 年 8 月 5 日 火曜日 11:56 AM に DVD Review カテゴリーに公開されました。 この投稿へのコメントは RSS 2.0 フィードで購読することができます。 コメントを残すか、ご自分のサイトからトラックバックすることができます。

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  1. ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!! より:

    【2008-185】ダークナイト

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